或るヒント

六月二十七日(水)
定時退社後品川に赴く。いつもの店にて異臭関係者の飲み会。今回は某大手自動車メーカー研究員I氏と知己を得る。同社は既に嗅覚受容体の研究にも着手せしと云ふ。香料会社ではなく、自動車製造会社である。寡聞にして余の務める会社にて同様の研究を為すと云ふ話を聞かず。彼我の差推して知るべし。I氏の話によれば、匂ひや香りについて理系のアプローチは比較的簡単なれど、いざ香りを使はうとするとき、選択や評価についてのノウハウ無き為従手空挙に等しき困難を感じると云ふ。比処に余の今後の身の処し方のヒントを得る。今まで香りや香料に馴染んでゐない業界が、今後香りのエキスパートを社内に持つ必要が生じて來やう。其の時余の如き経験と職能を持つ者が、育成の為に役立つのではないか。余は香料業界では無名であるか、少なくとも評判の良い方ではないと自認してゐるが、その一方で一般の方には匂ひや香りについて分かりやすく又興味深い話をする者と云ふ一定の評価を得てゐるのであるから、六十歳定年の前後から、かうした仕事を見つけて糊口を凌ぐことも出來るのではないかと期待するのである。其の際余の勤務する会社の名が有利に働くのではないかとI氏は云ふ。忸怩たる思ひはあるが事実であらう。在勤中に、匂ひ香りのエキスパートを育てるためのカリキュラムを考へて行きたいと思ふ。先日青森でM内氏から、定年までにまう一いくさか二いくさして見ろと発破をかけられたばかりだが、銃後の憂ひを無くしてこそいくさにも出られる訳であるから、最悪の事態に至ったとしても妻を喰はせるだけの生計の保障は確保してをきたい。