伸と隆信 

一月九日(水)晴
長谷川伸の自伝である『ある市井の徒』を読み始めた。面白い。旺文社文庫版で、昔はこの文庫をよく読んだものだ。活字体と巻末の詳しい解説が懐しい。その解説で、伸の異父弟が三谷隆正・隆信の兄弟であることを知った。いや、高橋英夫の『偉大なる暗闇』にもそのことは書いてあったというから読んで知っていた筈だが、読み終えたのは半年前にも満たない最近のことなのにその頃は長谷川伸に興味がなかったのか全く覚えていない。
ところで、外交官から戦後は侍従長にまでなった三谷隆信の子供たち、即ち長谷川伸にとっては甥や姪に当る人々は中々に華やかである。長男信は三島由紀夫学習院時代の親友で『仮面の告白』のモデルと言われる。『級友 三島由紀夫』という著書もある。日本興業銀行に勤めた。
長女邦子はその三島の初恋の人とも言われ、永井邦夫に嫁ぐ。その永井邦夫は、荷風の従兄弟に当る永井松三の息子。語呂の合う邦夫と邦子の子供は従って永井家と三谷家の両方の血を受け継ぐ訳だ。長男の素夫はみずほコーポレート銀行の副社長になっている。
隆信の子に戻ると、次女道子は祖父二人に衆議院議員を持つ外交官浅尾新一郎に嫁ぎ、息子が浅尾慶一郎、すなわち私の住む神奈川四区選出の衆議院議員である。所謂「二世議員」ではないものの政治家や外交官の家系だったのだ。駅前で議会報告をしている姿をよく見かける。好感はもてるが民主党出のみんなの党員で、憲法改憲論者で移民受け入れ推進派だというから滅茶苦茶である。祖父が侍従長だけに右翼なのか。いや、私の定義では右翼とは天皇家の意向に背く人々であるから、隆信祖父も草葉の蔭で孫の言動を見て泣いているであろう。ちなみに慶一郎の祖父新甫は日本郵船社長を務めたが、娘邦子の嫁いだ同じ永井家で荷風の父久一郎は日本郵船横浜支店長止りでそれ以上出世できなかった。時代が違うとは言え皮肉な縁組ではある。永井家は尾張藩儒家の出だが、浅尾家は甲州の名家らしい。
隆信の三女、正子も負けていない。日産コンツェルンを築いた鮎川義介の長男弥一に嫁いで純太を産んでいる。この純太君、杉田かおると結婚してすぐ離婚したことで有名だ。浅尾慶一郎も従兄弟だが、純太君の従兄弟は実際すごい人たちばかりである。西園寺家の当主である公友や、博報堂創業一族で元社長の瀬木庸介を父に持つ瀬木能章、貴正もそうだ。純太君が社長を務める会社の個人株主はそうした従兄弟たちが名を連ねる。金持ちの一族というのはそういう繋がりがあるんだね。瀬木庸介は鮎川義介の娘美奈子を妻にしているから、成程日産と博報堂の繋がりは昔から強かったのだろう。
いずれにせよここに出て来た人たちのほとんどは長谷川伸の「瞼の母」である「かう」の血を引いていることになる。一番凄いのはこの人に違いない。