二日目

十月三日(金)陰晴不定。暑し
七時半余ひとりにて宿を出で三条通りを東進、途上進々堂にて朝食を取り京阪電車でなにわ橋まで往く。九時過ぎ中之島圖書館に着く。電話にて予約せし書物を借り出し閲覧、必要箇所を複寫す。木村蒹葭堂に關する史料也。其れから京橋に戻り遅れて來たりし家人と落ち合ひ徒歩藤田美術館に赴く。水戸家傳來の曜変天目茶碗を初めて見る。忘れ難き魅力有り。他にも國寶柴門新月圖、國司茄子茶入、重文菊花天目茶碗等を面白く見る。展示品は多くはなけれども逸品揃ひにて流石に見応へあり。來春の展示も古井戸茶碗銘老僧等名品多く再來したきもの也。入口にて曜変天目の繪葉書を購ひて出で、京橋に戻り再び京阪にて淀屋橋に至り、徒歩平野町美々卯本店に行く。二階の個室に上り待つ事暫しにて一時過ぎK氏とN女史到着す。今囘來阪につき昨日思ひたつて連絡せし処快く時間を割きて晝食を倶にせむとて予約してくれしもの也。美々卯は關東ではうどん屋の印象強しと雖も實は蕎麦が中心の店である事を初めて知る。K氏は最近ブルゴーニユに三千坪の別業を購ひたりといふ。仏蘭西語に堪能にて奥方は仏蘭西人とは言へ、羨ましき限り也。他にも確か二軒程仏蘭西に家を持つ資産家にして、現役の國際企業日本法人社長であるK氏とは美術骨董の話が合ふので仲良くして戴いてゐる。元は家人が仕事上の接触から知り合つた方なるが、今や家族ぐるみのお付合ひである。余等の結婚祝ひに手ずから削つてくれた茶杓、供筒も漸く完成との事で近くお披露目となるとの嬉しき報せもあり、歓談一時間余を楽しく過ごす。ご馳走になり店頭にて袂を別つ。
其の後御霊神社の中を抜けて御堂筋に出で、徒歩適塾に至る。近ごろ江戸後期の蘭學や醫學に興味を持ち、丁度良き機会なれば見学す。繁華の街中によくも保存されたるものと感心す。往時の活氣を遥かに忍び、また展示の品を面白く見る。隣の公園に在る緒方洪庵像の前で寫眞を撮り、また京阪特急にて三条に戻る。車中爆睡、晝食時の麦酒の故か。

適塾中庭

適塾緒方洪庵書斎
三条通りを室町通りまで西に歩き、宿にて荷物を置き小憩の後再び出で六時半地下鐡烏丸御池驛出口で待つ事暫しにてI夫人到着。此れもまた家人旧知の友人にて御主人I氏を含め家族ぐるみの付き合ひ也。I夫人行き付けの高倉通りの店に往く。日本酒の銘酒を揃へた洒落た店也。低精米なる酒を初めて知り試して飲むに余の好みに適へり。此処暫く余り日本酒に拘らずに居り世間の流行に疎くて知らざりしが、旋毛曲りの余にとりては精米度を競ふ風潮に逆行する斯くの如き低精米のコンセプトは喝采すべきものであらう。良い事を知つた思ひである。獺祭とは逆の道を行く低精米酒に乾杯!七時半過ぎI氏尼崎の職場より駆けつけ四人で歓談、十時に至り散会。宿に戻り十一時前就寝。酒は控へ目なるも樂しく飲めし一夜也。