驛と映畫

三月十七日(火)晴
二兩編成のローカル私鐡らしき電車に乘つてゐる。突然目的地とは違ふ驛に着き終点だといふ。乘客は慌てて電車を降りてしまひわたし一人が車内に取り殘される。何が起こつたのかよく分からず驛名を見ると『災難不倫寮』とある。やむなく私も電車を降り改札を抜けると驛前に三軒倉庫のやうなよく似た建物が並んでゐるのが見えた。私はまず右の建物の扉を開けて中に入る。中高年の登山客のやうな人たちがたくさんゐて、此処は『千亭』だといふ。私はまさかと思ひながら隣の真ん中の建物に入ると高価さうな中國趣味の家具や陶器が飾られてゐて『萬亭』であることが知れた。私は愕然としつつ一番左の建物に入らうとするが、似ていた筈の建物はガラス張りで高級車のデイーラーかホテルのロビーのやうになつてゐる。『億亭』であることは明らかであつた。中には中年の男が二人ゐて短い鐡パイプのやうなものを持ち私に襲ひ掛かるのだが私には不思議な力があるらしく攻撃を受けても怯まず、一人から鐡パイプを取り上げ二人の脛を打つて動けなくする。外を見るとフルスモークの黒塗りのメルセデスが近づいて來て不穏な空気が漂ふ。私はそつと裏口から抜けて歩いて行くと尺八の先生の別荘に辿り着いた。事情は後から説明することにして勝手に中に入る。入口には演奏會のチラシが山積みになつてゐて入る際其れに触れて崩してしまふ。中に入ると木製の箱にしか見えない古い型のテレビジヨンが於いてありスイツチを捻ると何か番組が映り、畫面は小さいが意外と畫像が綺麗なのに驚く。私は逃亡生活に備へボストンバツグに衣類を詰め始めるが、家内が呼ぶので外に出てみると、義妹と甥と私ら夫婦の四人でシヨツピングモールに出掛けることになる。モールの上にシネマコンプレツクスがあるので其処に行かうとするが、まづ買物といふので左手の入口から入り甥用のコートを見る。家内は私のと同じだからこれがいいと選び出すが、私のものより遥かに高級なブランドの品である。義妹と家内が支払ひを済ませてゐる間に私は甥を連れて階段を上るが天井が低い上地上に出る口が五十糎四方しかない穴で、私はやつとのことで外に出ると一時停止線の横に出た爲車が止まつて待つてゐてくれたので手を挙げて感謝の意を示してから映畫館に入る。其処で待つが家内たちは中々現れず、何の映畫を見るかも決めてをらず上映開始時間も調べてゐない事もあつて段々腹立たしくなつてくる。最初から正面の階段を上ればあんな狭い穴を通らなくて済んだのにといふ氣持ちも加はる。やつと二人が現れ、義妹がにやにやしながら何かの匂ひを嗅ぐやうにして私に近づき、私から良い香りがするのかさらに接近して竟に額と額がくつついてしまふ。其れを見た家内が焼き餅を焼いて同じ事をしようとしたので私は笑つてやつと腹立ちも収まり、見たい映畫がハリウッド製の古いギヤング映畫であつたことに気付いたのである。