逆櫓の段

十二月十六日(土)晴
國立劇場にて文樂公演を觀る。演目は「ひらかな盛衰記」から五段。最後は逆櫓の段なので樂しみにしてゐた。前半のお筆、後半の権四郎の人形の芝居が見事で見應へがあつた。しかし、逆櫓の段はやはりまだまだ名人の域には遥かに及ばない。そもそも武智鐡二コレクションの大隅大夫と鶴澤道八による超絶版や織大夫と鶴澤團六の録音を先に聴いてしまつた爲に、現代人の語りや三味線では到底太刀打ち出來ないのは覺悟してゐたものの、餘りの違ひに苦笑ひする他なかつた。太棹の弦が切れるといふアクシデントはあつたにせよ、改めてCDで音質の悪いSP版を聞き直してみて、嘗ての名人たちの壓倒的な臨場感と乗りの良さに比べると平板な語りにしか聞こえない。比べる方が間違ひだとは重々承知してゐても、同じ文樂、同じ義太夫節の此れ程の變化に驚きもし、落胆もせざるを得ない。傳統藝能とは言へ、此処まで變はつてしまふと果たして傳統とは何なのかわからなくなる。音源の悪い録音で聞いても壓倒的な藝の凄みを生で聞くことは最早不可能なのであらう。かういふ觀劇の仕方が絶對良いとは言ひ切れぬが、文樂を觀るからには過去の名人藝を知つた上でこの先の上演を觀て行きたいものだとは思つてゐる。