文樂三樹夫

二月十七日(日)陰
九時前家人と家を出で半蔵門國立劇場に往く。十一時より文樂二月公演。第一部の『摂州合邦辻』万代池の段、合邦庵室の段を観る。説経節俊徳丸を下敷きにするも主眼は玉手姫と合邦親子に移り、説経節の持つ素朴ながら情念の底を感じさせる筋書きとは大いに異なれり。其れを措けば面白く観るも、それにしても玉手姫の獨白の論理は苦しいのではないか。通し狂言で観れば前段と併せ多少は納得出來るのかも知れないが、此処だけ見ると氣違ひじみた言ひ訳にしか思へないのである。中世的な心性を殘す説経節と江戸的な倫理観の違ひと言つてしまへばそれまでだが、さうした差異を見つけるのも近世藝能の愉しみとは言へるかも知れない。
二時前終了し、地下鐡で有樂町に行き大江戸骨董市を覗く。家人は帯留めを購ふ。余は水石と香炉に欲しいものを見つけるも値段折り合はず斷念。再び地下鐡にて澁谷に出で徒歩シネマヴエーラに赴く。四時から成田三樹夫特集の『仁義なき戦い・代理戦争』と『女囚さそり・けもの部屋』を観る。余は昔から成田三樹夫のフアンであるが、中々登場する映畫を見る機会が少なかつたので、今囘の企畫は大変喜ばしい。少なくとも今一度は足を運ぶ積りである。三樹夫が格好良いのは勿論だが、矢張り菅原文太の格好良さに驚く。久しぶりに「仁義なき」を見たが、全部見たくなつた。一方の「さそり」は、驚くやうなシーンに映像的な工夫は見られるものの映畫としては駄作であうが、とにかく若かりし梶芽衣子の美しさに驚嘆した。現代であつても遜色ないどころか、今あれ程綺麗な女優がどれだけ居るだらうか。七時半前終映となり急ぎ歸宅。夕食、入浴、讀書の後十二時前就寝。