通夜

三月二十三日(水)晴
昨日父方の伯父の訃音に接し弔事休暇を取る。晝に白いワイシヤツを買ひに大船に赴き、晝食の後一度歸宅して書の稽古をしてから喪服に着替へて出發す。八丁堀の驛に五時半過ぎ着き、家人と待ち合せて徒歩中央區湊の齋場に赴く。舊地名で言ふと鐡砲津の一角である。記帳してから親族席に座る。六時より通夜法要始まり、七時席を移して飲食。故人は享年九十八歳、生前既に淨土真宗法名を受くと言ふ。父の姉の夫なれば、余と血縁はなしと雖も、優しい伯父であつた。従兄弟四人居るも皆余よりかなり年輩也。早々に辞して惠比壽に至り、驛に近き「香り家」なる蕎麦屋に入る。一見洒落た造作にて客層若く、滿席に近し。余は鴨汁の板蕎麦を註文するに美味ならず、蕎麦は香り薄く中國産ならん。鴨汁に至つては味濃くして出汁も鴨肉の脂の味もなし。蓋し味を解せぬ若者受けする店ならん。値段も比較的安く、此の価格では蕎麦粉含めまともな食材を使へぬ筈とは蕎麦を打つ家人の弁也。抑抑、此の店に來たるは家人の知人の薦めによるが、其の知人の味覺の程度推して知るべしであらう。我が家手打ちの蕎麦並びに鴨汁の方が遥かに美味也。惠比壽には「慈玄」といふ美味い蕎麦屋あるも驛からやや遠ければ此の夜は敢て此の店を選ぶも落胆して歸途に就く。九時半過ぎ歸着。