京初日

六月十五日(土)陰後雨後陰
新横濱八時半發ののぞみにて京都に向かふ。十時半着、直ちに宿泊先の新都ホテルに赴き荷物を預け、再び京都驛に戻つて奈良線にて黄檗に至る。萬福寺まで歩き門前の茶店にて蕎麦を食したる後萬福寺拝観。余は二度目なれど家人は初めて也。黄檗東本流の煎茶道を習ひ始めた家人には総本山への参詣に等し。寺域散策中に雨降り始む。

萬福寺
萬福寺を出て塔頭瑞光院を訪ねんと探すも中々見つからず、竟に行き着いてみれば扉は閉ざされ拝観を示す案内板もなし。入口に置かれた鐘を鳴らすに暫くして中年の婦人現はれ、拝観を請ふに直ぐに戸を開けて入れてくれる。拝観料は志納を入口の箱に入れる形にて、余は二人分として伍百圓玉を投入して靴を脱いで上がる。昭和の作なれど石組みの見事な、池の汀線も面白い良い庭である。雨に濡れた石の更に風韻を増すこと例の如し。元より他に客もなければゆつたりと庭を眺めて時を過ごす。また、直原玉青の襖絵も見事なものであり、余は一目で玉青フアンとなる。


瑞光院
直原玉青の襖絵

強まる雨の中黄檗驛から電車で京都に戻る。ホテルにチエツクインして部屋に荷物を運び、開いて整理した後持参した着物に着替へる。四時頃には出掛ける予定なるも雨は上がらず部屋で待機し五時半過ぎになつてやつと小雨になりたるやうなればホテルを出づ。地下鐡にて烏丸御池に至り三条通りを幾つか店を見ながら東進し、木屋町通りを上がつて懐石櫻に入る。此の日は家人の誕生日なれば鴨川川床の席を予約してあつたのである。既に川面に張り出した床席には客の姿があり、余等も一番川に近い席に案内される。蒸し暑さはあるものの、偶にぽつぽつと雨滴が落ちる位で着物を濡らすこともなく食事を終へられたのは幸ひであつた。料理は鱧づくしに近いがますまずの味であつた。最後に仲居等総出でハツピーバースデーの唄を歌ひ家人に花束贈呈のサプライズもあり、一度やつてみたかつた床席での會食はそれなりに樂しめた。ほろ酔ひ氣分で再び三条通りを戻つて地下鐡にて宿に歸る。朝が早かつた事もあり大して飲んだ訳でもないのに眠氣甚だしく十一時前就寝。