浄瑠璃追善香席

二月十二日(日)晴
十一時より国立劇場にて文楽「平家女護島」を見る。近松名作集だが、他の世話物はすでに見ているので、今回初見のこちらを選んだ。やはり喜界が島の段が抜群に面白い。俊寛が取り残されるのを自らの意思に仕組んだ近松の脚色も巧みだが、それでも「思ひきつても凡夫心」で遠ざかる船を見送る瞬間の哀れさが胸に迫る。また、千鳥という海士の描写がきわどくて中々艶っぽい。長いが引用してみる。

可愛や女子の丸裸、腰に浮け桶、手には鎌、千尋の底の波間を分けて海松布刈る、若布荒布あられもない裸身に、鱧がぬら付く、鯔がこそぐる、蝤蛑(がざみ)がつめる。餌かと思うて小鯛が乳に食ひ付くやら、腰の一重が波に浸れて肌も見え透く、壺かと心得、蛸めが臍をうかがふ、浮きぬ沈みぬ浮世渡り、人魚の泳ぐもかくやらん。汐干になれば洲崎の砂の腰丈、踵には蛤踏み、太腿には赤貝挟み、指で鮑起こせば、爪は蠣貝、黄累のふた、海士の逆手を打ち休み、黄楊の小櫛も取る間なく、栄螺の尻のぐるぐる髷も縁ある目には玉鬘。

二時前終演し、地下鉄を乗り継ぎ北参道に出で、徒歩妙喜庵に到る。先日亡くなった妙喜先生の追善香席に出る。妙喜先生家木の香木銘「梨羅」を初めて聞く。梨羅は花のリラには非ずして仏典にある用語という。「梨羅の筵」とは香を楽しむ和やかな集いを言うらしい。梨羅はまた妙喜先生の戒名の一部となる。なお、組香はすべて伽羅にて当てるのは難しいが、素晴らしい香木を愉しむを得る。香満ちて後雑談。五時過ぎ辞して帰途に就く。