芭蕉・西行・能

安田登著『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす』読了。「おくのほそ道」が義経鎮魂の為の旅であり、其れが西行崇徳院鎮魂の行をなぞるものであり、さらに二人のさうした行為が能のワキの役割に当るものであることが、実にすんなりと理解できる好著である。芭蕉や其の門人たちの能や謡曲、和歌や連歌への傾倒と教養の深さに驚くとともに、日本の文化、芸能、文学に通底する、ことばや土地の名から幾重にも幻視と幻想を湧出させる想像力の在り方に深い感動を覚える。謡曲とは其れまでの日本の和歌や物語や史実の集大成なのであり、其の後の芸能も文学も其の変奏か再解釈の延長線上にあることが分かる。不覚にも、能を知ることなくして芭蕉も「おくのほそ道」も理解の適はぬことに今まで気づかずにゐた。そして、能の知識と常識を下敷きに読むと、「おくのほそ道」が深く重層的な物語と企みを隠し持つものであつた事に気づかされて、ただただ驚くばかりである。日本を知る為に、自分に何が欠けてゐるかもよく分かり、とても勉強になつた一冊である。