函館満喫

六月二十二日(金)陰後晴後小雨
朝六時起床。やつと雨止む。虎杖浜のタラコとたまふくら納豆の朝食。七時頃谷地頭温泉に行き入浴する事日課の如し。別業に戻り珈琲を淹れてカツプを持ちて茶室に行き、雨が止みたれば風通しの為窓を全開にして珈琲を啜りつつ朝の時間を静かに過ごす。改めて、こんな茶室があれば日々楽しいだらうと羨望の念強し。様々な角度にて茶室を写真に収む。
茶室の外観

内部
床と茶道口
茶道口より小間を臨む
水屋
天井
其の後出掛ける支度をして待つ事暫しにてN子に電話が入り、再び谷地頭温泉の駐車場に赴く。今朝札幌から飛行機で函館に入り、レンタカーで此処まで來たN子の友人Iさんが其処で待つてゐた。Iさんはフリーの女性カメラマンで、N子が広告代理店時代に仕事で一緒になつて以來付き合ひの続く方である。最近はN子とも会ふ機会もなかつたのだが、昨年突然入籍の報に接した後メールのやりとりをして今回函館まで來て、忙しい中一日余とN子の結婚記念の写真を撮つてくれる事になつたのである。まづは車で函館山ロープウエイ乗り口近くの駐車場に車を停め、元町配水場内の煉瓦造りの建物や市街を背景に撮影。ちよつと見せて貰ふに流石にプロの写真家の撮影は違ふという感じで、かうして写真を撮つて貰へる事、そしてそれを纏めたアルバムを作つて貰へる事が大変な楽しみになつて來る。聖ヨハネ教会、ハリストス正教会、八幡坂上と撮影スポツトを変へながら公会堂前で写真を撮つた処で、十一時を過ぎたので駐車場に戻り、一度谷地頭方向に戻り、別業からも近い懐石料理「煌(きら)」といふ店に行く。
煌の門
客室からの眺め
海を見下ろす山の中腹にあり、純和風の料亭風の店にて、雰囲気も料理も良い上に昼であればひとり二千円程度で一通りのコースが出てくるといふ安さで、市内から離れてゐるせゐかガイドブツクに載る事もないものの、N子の親戚筋は皆贔屓にしてゐる。函館の奥座敷とでも言ふべき隠れた名店である。
十一時半から一時過ぎまで海を望む部屋でゆつたりと食事の後、帰る途中市電の谷地頭停留所を通つた際、市電も函館らしい景色だといふことになり、電停付近とやつて來る電車をバツクに入れた写真などを撮る。其れから函館駅裏の摩周丸に行き乗船。船長の帽子と上着を借りて撮影できるやうになつてをり、其れをやつた途端何かのスイツチが入つたやうで、船に初めて乗つた小学生の如きテンシヨンとなる。ポーズも派手目になるし、操舵室では得意げを通り越して、緊急連絡が入つた時の船長の顔を演じて見せたりと、写真を撮りながらIさん大笑ひ。もともと船は好きで、思ひ出深い青函連絡船の、当時は入れなかつた操舵室などに入れたものだから、すつかり嬉しくなつてしまつたのである。此処での撮影を通じてIさんとはすつかりうち解けた旧知の間柄のやうな親しさになる。
摩周丸を後にして再び車で元町に戻り、今度は伯母の家の隣に車を停めてからカトリツク元町教会で撮影後、函館公会堂に入る。中には貸衣裳で舞踏会の貴婦人のドレスに着替へた老若の女性たちがたくさんゐてちよつとたじろぐが、我々は淡々と見学しつつ要所で撮影をして行く。公会堂を出てすぐ下の元町公園ではN子の曾々祖父に当たるといふ、函館四天王のひとり平塚時蔵の彫像と一緒に記念撮影。さらに相馬家住宅に入り見学と撮影。中では撮影禁止なので庭で撮つてから丁寧な説明を聞きながら見学。歴史の一端を知るとともに、豪壮といふより適度に抑制の効いた、しかし細部には粋を凝らした建具や欄間の細工、これ見よがしではない造作の豪華さには驚きの連続で、中々良い見学であつた。徒歩伯母の家に戻り、伯母が今度カムボジアに行く際必要となるビザ用の写真を急遽Iさんに撮つて貰つた後車で去り、Iさんの知人で元町に住むSさんといふ女性に電話を入れると三十分後には出て來れるといふので、其の間まづ宝来町の魚屋和田に行き今夜の刺身類を調達し、金森倉庫近くで酒も仕入れてから三度公会堂に車を走らせSさんを乗せて谷地頭に戻る。すでに六時に近けれど、急ぎ茶室に行つて薄暗い中尺八を吹く。IさんSさんとも初めて聞くといふ。ところが此の日調子悪く余り音出ず。なんとか虚空、松風等を吹き、暗くなりたれば母屋に引き上げ、酒宴となる。今日も夜は寒くストーヴを焚く。
Sさんは三十代の女性にて、カメラマン助手やフリーライター、牛の搾乳などを生業としてゐる不思議な人である。四人で刺身を肴にビール、日本酒を飲み楽しく喋るうち早や十一時になりたればSさんはタクシーにて帰宅。Iさんは一階奥の洋間の寝台にて、余とN子は下の和室にて就寝。