かをりをりのうた 3

十二月四日(金)晴後陰風強し

大空はうめのにほひに霞みつつくもりもはてぬ春の夜の月
藤原定家〜『新古今和歌集

前回の俊成の歌とくらべれば秀歌であることが歷然とする。共感覚表現の方向は反對だが、にほひといふ目に見えぬものが霞むことはないのに、下の句の夢幻的な春の夜の叙景によつて嗅覚から視覚への転化に氣づかぬほど自然に讀みくだせる。塚本邦雄はこの歌を『定家百首』で採りあげ、「定家一代の最高峰」のひとつであると言ふ。同感である。俊成の軒端の月よりも雄大で、雲に月光がハレーシヨンをおこした朧な空を感じさせ、しかも生あたたかく梅が香る。そこに俊成の歌のやうに作者の主観は顔を出さず、「玲瓏と無言」であると邦雄は言ふ。そして、この歌の本歌とされることもある大江千里の、

照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき

の「しくものぞなき」が興ざめだとする。これもまた我が意を得たりの評言である。