或る休日

十月三日(日)陰時々晴
七時半過ぎ起床、朝食、洗濯の後図書館に行き予約の本含め四冊を借る。書名は下記の通り。
い)J.E.ケテラー著『邪教/殉教の明治―廃仏毀釈と近代仏教』
ろ)末木文美士著『近代日本と仏教』
は)戸川安章著『新版出羽三山修験道の研究』
に)日本古典文学大系謡曲集 下』
帰宅後、い)を読み始む。『禅と戦争』でも度々引用されてをり、松岡正剛先生も薦めて居られたので、禅と戦争よりも先に読むことにしたもの。西洋人が日本の仏教について書いたものは、時に日本人のものより分かり易いことがある。日本の宗教学或いは宗教史の言説全体を対象化、相対化する視点を持ち得ると同時に、脱構築ポスト構造主義パラダイム論といつた、八〇年代以降の西洋思想の影響を少なからず受けてゐるわたしのやうな者には、問題の提示の仕方が却て、日本の宗教史が独自に築いてきたと思はれる独特の伝統的なエピステーメーを踏まえた論調よりは理解し易いのである。日本の歴史学や宗教史学が所与の前提として言及せずに済ましてしまふやうな点に意が留まることは、専門家ではないわたしにとつては尚更好都合なのである。
ろ)はこの人のものを未だ読んでゐなかつたので、論文集である此の本から幾つかを抓み読むつもりである。は)は、大部の書だが、此れも又出羽三山神仏分離を扱ふ部分のみ拾ひ読む予定。に)は、今度の週末の鎌倉薪能に掛かる演目の予習の為である。
午後読書、昼寝、再び読書。夕刻尺八を一時間ばかり吹いてからジムに往き、その後米を買つて帰宅。夕食後『邪教/殉教の明治』を読み継ぐ。冨永仲基と平田篤胤はやはりいずれにしても近々読まなくてはなるまい。まあ、今まで読まずに居た不識を恥ずべきであらうが。