好き嫌ひ

食べ物に無頓着なこともあつて、殆ど好き嫌ひはない。辛いものやにんにくは胸焼けするので苦手といふだけで少量なら好んで食べるし、余程のゲテモノでない限りは拒絶はしない。そのせゐか、いい大人のくせに好き嫌ひが激しく、これは食べられない、あれは駄目などといふ人たちを見るとだうしても其の人の値打ちを低く見積もつてしまふ。アレルギーならともかく、食べ物である限り其れを嫌ふといふことがだうかと思つてしまふのである。若い女性に多いが、逆に若いのに好き嫌ひを言はずに何でも食べる女の子はそれだけで好ましくも思へてくるのだ。
尤も、わたしも子どもの頃は物凄い偏食で、野菜は殆ど嫌ひだつたし、赤身の鮪の刺身も気持ち悪くて食べられなかつた。其れが歳を重ね、特に酒を呑むやうになつて味覚が変つたのか、大抵のものは食べられるやうになつた。ただ、好んで食べることのないものといふのは勿論ある。奈良漬もそのひとつで、旅館の食事にちよつと出された場合などに食べることはあつても、自ら進んで食べたいとは思はないのである。
其れが、先日奈良の街を歩いてゐて奈良漬屋の前を通り、ふと今まで奈良漬を好きではなかつたのは、本当に美味しい奈良漬を食べたことがなかつたからではないか、或いは、年齢を重ねた今になつて食べると旨く感じるやうになつたのではないかといふ考へがよぎり、茄子の奈良漬を買つてみたのである。
早速家で開けてみた。袋から取り出して包丁で切る際に手についた酒糟を舐めてみると意外にいける。これはと思ひ温かいご飯と一緒に食べてみたのだが、残念ながらやはり好きになることはなかつた。もしかすると、酒の肴には良いのかも知れないが、断酒をした今となつては確かめることも出来ない。なお、一緒に同じ店で買つた普通の漬け物はとても美味しかつたから、其の店のものが悪いのではなく、やはりわたしの口には合はなかつたといふことであらう。
それにしても、奈良漬は意外と高いものなのですね。