讀書計畫 十月十日(水)晴

草森紳一著『本が崩れる』讀了。此の人の著作とは當分付き合ひが續きさうである。直に次の書、即ち宮崎滔天著『三十三年の夢』を竟に讀み始む。松岡先生の千夜千冊上にて知つて以來讀まうと思ひながら久しく果たせずにゐた一書で、丁度機も熟したので讀むことにしたのである。と言ふのも先日讀み了へた『三絃の誘惑』といふ本に、義太夫や三絃の音曲に魅かれた明治期の作家・思想家が取り上げられ、其の中に中江兆民、北村透谷、木下杢太郎等と供に滔天の名を見い出したことがある。革命の夢破れて浪花節の桃中軒雲衞門に弟子入りしたのは知つてゐたが、三味線音曲好きとは知らずにゐた。本を開いて見れば自序冒頭に「余、性声曲をよろこぶ、東西に論なく、文野をえらばざるなり。すなはち義太夫といはず、ホーカイといはず、阿保陀羅といはず、新内といはず、いつさい声曲の類、人の稱して野鄙淫猥となすものといへども、一として余が神をよろこばしめざるものあらず」とある。性は生まれつき、文野は分野、神は神経ほどの意味であらう。明治の文人墨客に三絃の音色や浄瑠璃がどのやうに響いてゐたのかに興味を持ちだした余にとつて恰好の人物である。さらに、滔天は如道会創成期の人々、特に末永節との關はりがあり、又息子の竜介は近衞文麿との繋がりもあり、ずつと氣になつてゐた存在である。百頁程讀み進んだ印象としては、とにかく面白いといふ感じである。此の先自分の讀書の方向として中國革命や大陸浪人玄洋社の方面に興味が移るのか、矢張り滔天もその一人として音曲についての書物に戻るのかは今のところ分からない。俳諧と三絃が目下の興味の中心ではあるが、出会つた本次第で關心がどんどん移り変はるので、讀む積りで購入した本も何時の間にか顧みることもなくなることは珍しくない。それでも今後讀む予定にしてゐるのは、俳諧關係では子規の『俳諧大要』、露伴の『猿蓑評釋』、それに柴田宵曲『蕉門の人々』や加藤郁乎の本。音曲系では蘆江の『三味線藝談』や岡本文弥の随筆、宮城道雄の随筆集で岩波文庫の『春の海』辺りである。杢太郎や透谷の義太夫に触れた文章や文樂に關する本も讀みたい。又、滔天が豪傑君のモデルだと云ふ兆民『三酔人経綸問答』も丁度讀むに相応しい時機が來たやうに思ふ。暫く興味が日中戰争の時期や昭和天皇の時代に留つてゐたが、此処に來て明治期の人物達の面白さに目を瞠る思ひである。