旅愁

四月二十四日(日)陰
横光利一の「旅愁」をやつとのことで讀み了へた。實に退屈なつまらない小説である。今まで全く横光利一を讀んだことがなく、偶々新感覺派に關心を持つたところから讀んでみる氣になつたのだが、奇妙と言ふか變な小説が多くてつい讀み進み最後に殘つた長篇がこの「旅愁」であつた。未完ではあるが相當に長く、しかも欧州に出掛けて行つた若い男が旅中に出會つた女性と仲良くなつたものの散々下らぬ言ひ譯を自分に對して繰返して距離を置かうとした挙句婚約して、それでも式を挙げるのを逡巡してゐるといふ、じれつたくてウンザリする小説なのである。ヨーロッパとか科学主義、カソリックに對して悩んだり對立したりするのだが、觀念的に過ぎて主人公の煩悶が馬鹿馬鹿しいものにしか見えない。そもそも主人公の矢代といふ男に全く魅力がなくて、全然感情移入が出來ないのである。婚約者がカソリックを信仰してゐる事に悩むのだが、その理由の一つは先祖の大名がキリシタン大名に滅ぼされたからだと言ふのだから失笑も出ない。しかも、背景となる時代が日中戰爭の始まる昭和十年代であるにも拘らず、パリでの出來事はそれなりに時代の緊迫感を描いてゐるのに日本に戻つてからは時代の空氣が稀薄で、流石は体制翼賛作家と言ふより他はない。新感覺派の領袖と言はれるだけあつて、感覺描寫や表現の感覺的な面白さは時折見受けられるものの、今日讀む者が殆どゐないのも頷ける。短篇には妙な味はひのあるものもあるが、過去の作家として忘れてよささうである。