規則絶妙

六月十三日(金)晴
余は野球を愛する。其のルールや規定に於ける様々な絶妙といふべき按排に敬意すら抱いてゐる。例へばベース間の距離であり、投手と本塁の距離である。後者があと僅かでも短かつたり長かつたりすれば、現在の大方の變化球は意味がなくなるであらうし、前者にしても常に盗塁がセーフになる距離であれば面白くも何ともない。幾つかの要素(投手の投球動作の素早さ、走者の讀みと走力、捕手の投球の速度とコントロール等々)によつてアウトにもなりセーフにもなる点で實に絶妙な距離なのである。同じ理由によりタツチアツプのルールもよく考へられたものである。更に振り逃げといふのも、此の邦訳語の滑稽味とともに、ベースボールの根源に触れたルールであらう。何故ならベースボールとは、攻撃側の勇者が敵弾(ボール)の飛び交ふ中を潜り抜け、連絡将校よろしく三つの基地(ベース)を経巡つて参謀本部(ホーム)に帰還することを目的とするスポーツだからである。弾丸から遠く離れてゐること、そして基地に在ることが勇者の安全を保障する。其の意味で通常考へられてゐるのと逆に、弾丸を中心に据ゑて見ると打者や走者の方が守備側で、弾丸を浴びせかける投手が攻撃をしてゐるとも言へるのである。同じ球技といつても、単純なあのスポーツと到底同日の談ではない訳である。