志の高い映画

六月二十二日(金)晴
神保町シアターにて映画『竜馬暗殺』を観る。これもまた、長らく見損なっていた映画のひとつである。富士フイルムの白黒フィルムの広告でこの映画の一シーンを使っていたのをよく覚えている。映画も白黒で、その質感は描かれた世界にぴたりとはまっているし、とにかく総じて志の高い映画だということを強く感じた。アングルにしても、仰視や俯瞰を大胆につかい、エイゼンシュタインの影響すら感じさせる鮮烈なショットは見る者をぐいぐいと引っ張っていく力がある。醤油蔵の大樽の上に掛けられた板の上で竜馬と中岡慎太郎が対峙するところを下からとらえたシーンは忘れがたい迫力があり、民衆の風貌を下から映して白黒の陰翳を際立たせ、そうかと思うと真上からのカットは最初何だかわからないくらいの異様さを見せてくれる。一番印象に残ったのは原田芳雄が腕組みをしながら厠で大便をしているシーンで、便所のシーンでこれほど格好良い映像は今まで見たことがない。とにかく原田芳雄の格好良さがずば抜けていて、軍鶏鍋を食べるところも、遊女と戯れているところも、寝転がっているところも、何でもない姿がそれだけで絵になる。日本映画の男優として三船敏郎の真の後継者と言える男らしさなのだが、残念なことに、日本映画の黄金時代が過ぎたころに登場したせいか、黒澤明に匹敵する監督がいなかったこともあり、日本映画を代表するような作品に出会わなかったという印象が強い。田園に死すは主役ではないし、ツィゴイネルワイゼンがあるとは言え、原田の良さを活かしきれているとは言えない気がするのである。
それにしてもこの映画、言ってみれば原田と石橋蓮司のBL的痴話喧嘩と、それに嫉妬している松田優作、という構図ととれなくもない。石橋が何とも魅力たっぷりで可愛げがあり、原田の繊細な男らしさのようなものと好一対な感じなのである。原田を斬るために送り込まれた松田が手懐けられて切れなくなるのも自然に思えるほど、原田のBL的魅力は強烈だし、わりに彫りの深い顔の陰翳が印象的な野呂圭介の原田への忠誠心もそう考えると納得できるのである。実に素晴らしい映画を見せてもらったとい思いである。