ふたつの景色

 車でヨーロッパの国々を廻っている。ベルギーやオランダ辺りだろう。駅に行く用事があって進行方向の道路右側を歩いて行くと途中で歩道がなくなり、横断歩道もないところで道の反対に渡らなくてはならない。ひどいものである。何とか車の途切れるのを待って渡ったが、駅に行くにはどちらにしても車道のアンダーパスを通って川を越えなければならない。諦めてホテルの部屋に戻って地図を見ると駅の名がIDということを知る。昔の名前をやめてローマ字2文字に簡素化したらしい。

 翌朝目覚めるとスマートフォンが鳴っていて、とると私の父と私の息子Kがふたりでファミレスでパフェを食べている画面が映る。幼稚園が休みになったのだという。音声が悪くて何を言っているかわからない。隣で画面を覗き込んだ家内が「かわいい」と言うが、Kが驚いているので私は嫌な顔をして家内を遠ざける。Kは最初の妻との子どもである。電話を切ったあとで謝るが返事もしないので喧嘩になる。

 私は外にある浴場に行くことにする。部屋のバルコニーから斜面を下っていくと水のきれいな川が流れていて、そこにかかる橋の途中に浴場があるのである。ところが橋の途中にジョイント部分のようなところがあり、一畳くらいの丸いスペースなのだが、ぐらぐらしていて落ちそうになる。そのとき川の底を見ると犬がいる。深さ1~2メートルの水深の川底にすっと立ったまま動かないのである。最初は置物かと思ったが、そうではないらしい。泳ぐのでも浮かぶのでもなく、川底でじっとしている。見ればその先に何頭もいるし、中には猫もいる。私はこのことを大声で家内に告げるが信じようとしない。何度も叫んでやっと出てくると。「あら本当」と驚くが、すぐに「危ないから気をつけて」と言う。確かに、猫など今にもこちらに飛び掛かりそうな邪悪な目でこちらを睨んでいる。私はそばに落ちていた木の棒を拾って身構えるが、すぐにいくらなんでもここまでジャンプできないだろうと思い、浴場に入る。扉を開けると中は意外に人が多い。コインロッカーが並んでいるが、私はコインもタオルも持ってきていないことに気づく。すぐ横の大浴槽は日本の温泉のようでいて、ただし人は海水パンツを穿いていてさすが外国だと思う。私も何故か自転車用のパンツを穿いていたのでそのまま入ることにする。微妙なぬるさなのと、まわりは中国人ばかりなので居心地が悪く、すぐに出て、いつの間にか出来た高い壁を何とか乗り越えて部屋に戻る。

 それから帰り支度をして車で高速道路を走っていると、上り坂のカーブで途中で先が見えなくなり、ハンドルを切り損ねて道を外れて高台の上に車が止まった。降りてそとを見ると眼下に海が広がり、対岸に蜃気楼のように巨大都市の高層ビル群が見える。とても美しい景色なので写真を撮ろうとするが、鞄からスマートフォンがなかなか見つからないのである。