徳田のこと

吉祥寺か仙川の本屋にわたしは入らうとしてゐる。品揃へが中途半端でどうせ欲しい本など置いてゐないだらうと馬鹿にしたやうな気分である。入口のところで、大学のサークルの先輩で最近何度か会ふ機会のあつたМさんにばつたり出会ひ、わたしが会ふときは続くものですねと声をかけるが彼女は素つ気無く通り過ぎてしまふ。それを別段気にするでもなくわたしは本屋に入つて書棚にシオランの新刊を見つけて読み始める。多色刷りで紙面がちよつとうるさい感じはあるが面白さうである。中にシオランが描いた漫画(!)があつて、犬の親が仔犬をとても大切に育てるのを見て周りの動物たちが感化を受けるといふ内容である。さうして立ち読みをしてゐるわたしの前に立ちはだかつてわたしの顔をジロジロ覗き込む者があつて、「やつぱり」などと言ふ。それでわたしも顔を上げると、それは中学時代の同級生の徳田であつた。見ると驚いたことに徳田は素つ裸で、昔の二枚目が今は腹の出た中年の体形になつてゐる。わたしは今どうしてゐるのか聞かうとすると、徳田はさつと本屋の前に敷いた段ボールの上に座つてしまふ。この寒空の下で裸でゐられるのも驚きだが、其の姿でどうやら乞食をしてゐるらしい。あれからどんな暮らしをして何があつたのかを聞かうとするが、いつの間にか作業着のやうなものに着替へた徳田は何も聞いてくれるなといふ雰囲気である。
其の後わたしはどういふ訳かカバン屋にゐて、自分用のランドセルを選んでゐる。いろいろあつて迷つてゐる。丸に純の字の焼印が入つたものが一番人気だといふがわたしは気に入らない。柔らかい茶色の皮のA4サイズも入る形のものが気に入り、値段を聞くと4500円だが、顔馴染みの店の親爺は800円まけてくれるといふので買ふことにする。5000円札を出しておつりを貰ひ、良い買物をしたといふ満足感と、一体いつランドセルを使ふつもりなのだらうといふ当惑の混ざつた気持ちでわたしは歩いてゆく…。

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この徳田といふ男には就職して一年目の夏に一度会つて以来二十五年近く会つてゐない。其の年わたしもよく知る御母堂を亡くして御尊父ともども杉並のマンシオンに引越した先に、久しぶりにしみじみ語り合ひたいと思ひ、当時の勤務先の静岡県磐田市から上京して会ひに訪ねたのが最後である。この時わたしは一緒に飲まうと思つてウヰスキーを一本提げて行つた。ところがマンシオンにはわたしの見知らぬ女性が居たのだが、徳田は彼女をわたしに紹介することもなく、わたしの持参した安物のウヰスキーに一瞥をくれることもなく、高価で旨いスコツチウヰスキーの話を始めたのである。わたしは何とも居心地の悪い思ひがして、仏壇に線香をあげただけで何か理由をつけて早々に徳田邸を辞した。これが徳田に会つた最後である。其れまでは何でも言ひ合へる仲だと思つてゐたし、大学四年の夏に軽井沢でわたしが花火を右目に当てる大怪我を負つて視力を失つた際には、夜通し車でわたしを東京の病院まで運んでくれた大恩もあるのだが、其れ以来どちらからも連絡を取らなくなつてしまつたのである。
今思へば、彼女を紹介しなかつたのは照れくさかつたからかも知れず、わたしが持参したウヰスキーも、其の後飲酒の経験の中でそれなりに舌の肥えた大人になつてみれば、わざわざ飲みたいと思ふ代物ではなかつたことも理解できる。馬鹿にされたやうな思ひで不愉快になつたわたしの方が悪かつたのである。
今徳田は何をしてゐるのだらう。ずつと会ひたいといふ気持ちがあつたのだらう、周期的に徳田と再会する夢を見るのである。まさか乞食になつてゐるとは思へないが、何か困つてゐるなら助けてやりたいと思ふ。どこで何をして暮してゐるのだらう。成功しただらうか。家族に囲まれ幸せにやつてゐるだらうか。不思議なくらゐ気になつて仕方ないのである。