東福寺伏見宇治―新緑に酔ふ

四月二十七日(金)快晴
昨日までの雨混じりの曇天が噓のやうに雲ひとつない晴切つた空也。九時前ホテルを出でるも京都駅で奈良線の電車一本乗り遅れたところ二十分近く待たされる。乗つて三分のところに二十分待たされるは苦痛にて、出鼻を挫かれたるやうな気持ち也。東福寺で降り、徒歩退耕庵に赴く。特別公開の庭の美しき塔頭也。先年より訪ねたしと思へど公開時に合はずに居たものなるも竟に念願叶ふ。


退耕庵の庭
其の後明暗寺の吹禅碑で記念撮影をしてから、臥雲橋に至り通天橋にかけての新緑を眺む。若い黄緑色の楓の葉の鮮やかさ目に染むばかりにて、新緑浴とも称すべき春の喜び也。N子は東福寺は初めてなれば此の景色に歓声を上ぐ。
日下門より境内に入り、先ほど見上げた通天橋から逆に臥雲橋方面を見下ろせば、まさに新緑の雲上に臥するが如き景色なり。


東福寺新緑に浮かぶ通天橋と堂宇
回廊を登りつめれば開山堂にて、余にとりては何故かこの不思議な空間が懐かしきものに感ず。恐らくは夢に出てくる場所に酷似したる故ならむ。快晴の太陽光の眩しさと庇の作る影とのコントラストが効いてさらに忘れ難き風景となる。


開山堂
再び通天橋を戻り方丈を拝観。北山安夫作の新しい庭「洗耳泉」も初公開なれば其の庭を望む和室にて禅僧が天目台に載せて持ち来る抹茶を喫す。茶事の作法や合掌低頭も坊さんがやれば何やら有難くもあり実際此の手の抹茶の中では異例な程旨し。ただ礎石を刳り貫きガラスを嵌めて枯山水に水を流すといふ「斬新」なる試みは必ずしも良しとせず。奇を衒ふとまでは言はないまでも新味がないといふ印象也。
新庭「洗耳泉」
天目台を下げる禅僧
方丈を廻る四方に配された重森三玲作の八相の庭は重森の作の中ではまづまづの出来だが、初めて見るN子は感動してゐたやうだ。今まで東福寺を知らずにゐたせゐもあつて頻りにとても素敵なお寺だと感心してゐる。確かに昭和の建造になる本堂にしても、室町期の禅堂や三門にしても豪壮でかつ均整のとれた伽藍堂宇は全体として調和が保たれ、地形を生かした特異な配置とも相俟つて比類のない寺であるとは余も思ふ。其の本堂禅堂三門を眺めながら六波羅門に抜け、光明院に寄り波心の庭を再び訪ねてから伏見稲荷まで歩く。

光明院
伏見稲荷は初めてにて本殿参拝の後千本鳥居を途中まで上り戻ると拝殿横で奉納者向けに神楽を為すところなれば其れを見る。さらに神札を購ひてからJR稲荷より奈良線にて宇治に移動。


朱塗りも鮮やかな伏見稲荷
宇治駅より平等院に向かふ途上上林茶舗にて裏千家家元坐忘斎好みの薄茶を岳母への土産として購入。さらに蕎麦屋にて昼食をとつた後平等院を見学。東福寺と比べても観光客の数夥し。阿字池に沿つて鳳凰堂を眺め、新しく出来た鳳翔館にて寺宝を見た後鳳凰堂に入り定朝作の阿弥陀如来像を間近に見る。平等院を辞し宇治川を渡り橋寺に赴き宇治橋断碑を見学。他に訪れる者もなく荒れた寺なれど此の断碑は日本書道史上重要な遺蹟にて、拝観料三百円払ひて拓本の写しを貰へるは良心的也。住持の説明を受け篤く礼を陳べて辞し、近くの源氏物語ミュージアムを見学。さらに徒歩宇治上神社宇治神社を参拝後道元禅師開山の興聖寺を訪ねる。飾らぬ前庭なれど趣きあり。日も暮れ始めたる中京阪宇治まで歩き、京阪電車にて七条まで上り徒歩京都国立博物館に到る。

興聖寺
「王朝文化の華―陽明文庫名宝展」開催中にて、金曜は八時まで開館なれば六時半過ぎ東博のパスポートにて入館。国宝多数有り、中でも『御堂関白記』は数年来道長や一条帝宮廷に特に関心を寄せたる余にとりては実に興味深く、実物を見ることを得るは感激の至り也。その他応仁の乱の勃発を記載せし『後法興院関白記』など面白く見る。途中から閉館時間が迫り駆け足になるも驚くべき品目多く、特に香道具及び蘭奢待を含む香木の多さに括目せざるを得ず。時間足らず十分には観覧できずと雖も流石は五摂家筆頭の近衞家に伝はる至宝の数々にて、歴史の証言や日本文化の粋を堪能す。
博物館を出で三十三間堂の前よりバスにて帰らんとするも八時を過ぎたれば一向に來たらず竟に痺れを切らして徒歩京都駅に向かふにさして遠からず。駅地下街にて夕食を取りたる後ホテルに戻り、流石に草臥れ果てたれば入浴の後直ぐに就寝。実に充実した一日であつた。