長州嫌ひ

五月十六日(木)晴
何度か書いたことがあると思ふが余は長州人が大嫌ひである。あの狡猾さと冷酷さ、そして傍若無人の振る舞ひには吐き気がする。だから今の首相の安部も大嫌ひである。いや、長州人でなくてもあいつは駄目だ。反吐が出る。
それにしても長州人は嫌ひだ。狩野亨吉や宮島詠士といつた余の尊敬する人々が秋田や米沢など佐幕派奥羽列藩出身といふこともあるが、薩長の馬鹿どもに日本を滅茶苦茶にされたといふ思ひがある。先日偶々大河ドラマを見る機会があつた。会津に特に贔屓を感じはしないし、綾瀬はるかは可愛いものの、実際の新島八重はブスで嫌な女であつたと聞くから興味もないのだが、ちよつと見ただけでも薩長の連中の言動には虫唾が走つて不機嫌になるほどであつた。
ところで、先日京都で同志社の近くを歩いたが、新しく大きな建物ばかりで驚いた。よほど金があると見える。校舎や建物では京大との差が開くばかりであらう。我らが母校などみすぼらしくて比べる気にもなれぬ。実は高校時代に余も同志社に行きたいといふ気持ちがないでもなかつた。少なくとも憧れの大学のひとつではあつた。下宿は金もかかり家の経済状況から考へて断念したが、もし同志社に進んでゐたとしたら、一体どんな人生を歩んでゐたのであらうか。恐らく全く違ふ人生になつたのだらう。さう考へると何だか不思議な気持ちになる。当時は偶然とか何気ない選択であつたものが、年を経るに従つて動かしやうもない確固たるものになるのは仕方のないことにしても、あり得たかも知れぬ人生といふものへの郷愁に似た感慨は残る。京都に暮らしてゐたら、何を感じどのような人たちと出会へただらう。案外今ほど京都好きにはならなかつたかも知れないとも思ふのである。