松亭と是眞

九月十一日(水)陰
日本美術史を専攻した訳ではないから当然とは言え、世の中には自分が知らずにいただけで、実は凄い芸術家がたくさんいるものだと最近つくづく思う。特に、若い頃は西洋美術に憧れ、日本の絵画は雪舟等伯を除くとほとんど興味がなかったこともあり、知らないことだらけである。ここ数年琳派や円山派、狩野派などに触れて日本画に対する興味関心は高まってはいたが、まだまだ初めて知ってその作品の素晴らしさにただただ驚くような作家は多い。今年の収穫は柴田是眞と高橋松亭を知ったことであろう。是眞の漆器の絵付けに見られるセンスの極みのようなデザイン性や、松亭の明治大正の世に江戸を幻視する浮世絵の心に染みる色遣いには、本当に溜息が洩れるばかりである。このところ明治生まれの学者や産業人に関する本ばかり読んでいるせいもあるが、私の好みのど真ん中というのは、江戸そのものというより、明治人の記憶の中に残る江戸の面影や風情なのかも知れない。それこそまさに九鬼周造を読む愉しみに通ずるものであり、洋行して西洋の学問や技術を伝えながらも拭い去れない、日本文化に対する彼らの趣味性に私は深い共感を覚えるのである。