禄隠五年半

九月十七日(水)晴
禄を食みながらも其の働きのない事を禄隠といふさうだ。余の此の五年來の姿である。心苦しい限りであるが、會社の御恩恵に感謝するより他はない。普通の人だと鬱になることもあるらしいが、さうなればいいのにといふ某役員達や其の腰巾着の惡意にも拘はらず何とかやれてゐるのは、生まれついての鈍感さと怠け者の性質の御陰かも知れぬ。此の前も事業本部副本部長との面接で仕事上の希望を聞かれ、本音を言へば仕事などしないで済めば一切したくないと答へたばかりである。次善の希望として巴里轉勤を希望した処、此れは言下に却下された。當り前であらう。此の儘三流調香師で終るのも癪だからといふ理由で會社が海外赴任を許す筈もない。とは言へ日本に居る限りモチベーシヨンは上らないから、結局禄隠で終るのであらう。いづれにせよ、かくなる顛末に到つたのは自分の為して來た事の結果であり自業自得であるから、誰を恨む氣もない。
日々是休日。ネツトがない時代、窓際族はもつと辛かつたのであらうと余計な心配をしつつ、今日も定時で退社。此処數年會社の金で酒を飲んでゐないことが、唯一の會社に對する貢献かも知れぬ。