かをりをりのうた 8

一月八日(金)晴

飛梅の飛ぶ香はるけき寒昴(かんすばる)耳の迷宮に光刺すなり
塚本邦雄〜『されど遊星』より

共感覚シリーズを續ける。飛梅は菅原道眞を慕つて京から太宰府まで飛んで行つた傳説の梅。寒昴は真冬の丁度今の時期の冷たい夜に冴え渡る星を指し、牡牛座の昴星であつても良いが、昴とは星が集まつてひとつになることと辞書にある。時期的に梅の開花には早過ぎ、飛梅同様の想像の空間での出來事であることが了解されよう。空想の香りが寒空を天駆ける星の煌めきと同化し、現實の距離を無化するかのやうに瞬時に耳を刺す。遥か遠くにある筈の香りや光が、光速や音速の速さで地上に到達する時、冷たさに曝された耳はそれらを痛みとして感知するのではないか。共感覚といふより、錯覚や幻想に近いのかも知れないが、仕組まれた錯誤を五感は快樂として受け取るに違ひない。短歌が歌である以上、耳なくしては成り立たない。その耳が、音だけでなく光も香りも感じ取るのである。耳の迷宮とは五感の悦樂の隠れ家でなくて何であらう。