情死ならぬ上司

十二月二十四日(金)
上司というものは常に部下からの批判に曝されるものではあろうが、やはり私も部下のひとりとして今の上司を九カ月見て来て、冷静に客観的に判断するとやはりダメな面ばかりが明らかになる。地方の国立大学を出て経理畑を歩んで来たという、わたしとソリが合うはずもない類の人物だが、それなりに体よく付き合ってきたつもりである。ただ、それでも最近になって、意地と性格の悪すぎる二人の女性古株が馬鹿にするのもなるほどと思えて来た。決断が遅いために余計な仕事を増やすタイプであり、脈絡なく人に仕事を振ってその進捗を気にしている割に、自分でやると言った仕事を忘れるか、わざわざ後までやらずに取っておくかして周りを苛立たせる。とにかく何事もスローなのだ。とりえと言えば、従順さのかけらもなく、本人のいないときにはボロクソにけなす古手の女性社員に対して怒らずに接していられる点で、この鈍さを演じているとしたら大したものである。何をするにも前例とか他社事例にとことんこだわり、時に他社の事情を知ろうとして驚くべき図々しさを発揮することさえある。ものごとの本筋よりも何かをすることで生じる影響を心配するという、まあつまらない男である。私もかつて長のつく役に就いていたが、部下からみれば欠点だらけの上司だったのだろうと、今となってみれば彼ら彼女らに同情したくなる。傲慢で強権的で気分にムラのある、好き嫌いが激しくて好きな娘だけ贔屓にするとんでもない上司だったことは自分でもよくわかっている。それでも、今の上司の部下の女性陣からの嫌われ方と馬鹿のされ方を見ると、まだしも自分の方がやさしく接してもらえていたという自負はある。とにかく人の上に立たずにすむ現在の仕事を与えられたことは、自分にとっては全くの僥倖であったと言わねばなるまい。そして、とにかく鬼婆のような同僚女性やこの上司と顔をつきあわすことなく仕事が出来るようになったことは、現在の境遇で望みうる最高の幸せであることをしみじみと感じるのである。