階段

十月十二日(金)陰時々雨
職場の研究所の隣にビルがある。そこには素敵な階段があって、私はその階段を駆け上って行くのをたのしみにしている。五階か六階分昇ると屋上に出て、そこから研究所に入れるので通勤時に使っているのである。クラシックなホテルの階段のように、擬宝珠や手摺が凝っていて、踊り場に壺や絵画、花瓶などもあって、雰囲気がいいのである。ある時わたしが駆け上がって屋上に出たところで、いつも入り口で挨拶を交わす、ビルの看板娘が中年増になったような女性が、わたしに何か怒鳴っているのが聞こえた。何事かと思って聞き直すと、階段を上る際に必要なキーを次の客に渡すから早く返せということらしい。だいぶ苛立っているようで、いつもはにこやかなのに今日はとても乱暴な口の聞き方なのでわたしが驚いていると、我に返ったかのように急に塩らしく、酔っていて失礼しましたなどという。わたしは、本当は自分に惚れているのではないかと思いつつ、いいんだよと両手で肩を抱いてキーを渡す。そう言えば階段を昇るのは有料なのに、わたしはいつもこの女性が通してくれていたことを思い出した。それから屋上伝いに研究所の建物に入ると、それは三階のフレーバー研究所で、白衣を着た研究員が忙しく働いている狭い廊下を抜け、四階に上がる。真っ暗な廊下は天井から水が漏れて水浸しである。合成研究の劣悪な環境を今さらながらに驚き、この会社は大丈夫かと心配になる。廊下の端から岩場になっていて、わたしは岩を伝わって行くが、その先は崖である。皆そこから飛び降りるのだが、わたしには無理だと思い、すぐ横の道から下に降りるとバスが待っている。巨人軍のキャンプ地に行くのだという。選手もバスに乗るのかと思ったら、バスに乗せるのは荷物だけで選手は電車だという。長嶋選手もいて、鞄をみるとキャンプ地から家族に送るハガキにすでに文章が半分まで書かれていて、さすが長嶋だと思う。それから巨人軍の宿舎で田舎家という古民家のような宿に入ると、選手が持ってきた尺八が立てかけられていたので、わたしも二尺三寸管を立てかける。嫌いな球団だが、こうして中に入ると好きになる可能性があるかも知れないと警戒しはじめる。宿からは飛行場が見え、滑走路の飛行機が邪魔にならないようにオスプレイのように垂直に浮かんだりしている。ところが、続けて3-4機が空中で爆発したり墜落したりの大惨事が起こり、後ろの機体が吹き飛んで先頭の部分だけになった飛行機のコックピットの悲惨な様子がズームアップされたりして、これは大変なことになったと思っている。