キリスト教

十一月七日(水)陰
佐藤優『獄中記』を間もなく読み終える。面白い。「事件」と「獄中」に関する記述も面白いが、読んだ本や哲学・神学に関する話がとても興味深い。出てくる本を読んでみたくなるし、哲学や思想に関するコメントで、なるほどと思うところが多い。キリスト教徒だから、という極論は通用しないのだが、とにかくキリスト教徒としての氏の揺るぎのない精神と信念の一貫性には驚くばかりである。もとより侮ってはいなかったけれど、キリスト教徒の怖さを心底から感ずる。歴史上どう考えても最も人を殺しているのはキリスト教徒であろう。イスラム教徒は殺人数でキリスト教徒を凌駕することが強迫観念になっているような気さえする。氏のようなキリスト教徒の腹の座った、ぶれることのない冷徹な認識と使命感の不気味さは、私のようなブレブレの人生を送って来たニヒリストには脅威以外の何物でもない。それでも、表現された認識や思考の面白さに、つい引き摺られて読んでしまう訳だから、勝負は最初からついているのだ。
実は、氏から直接薦められた本が『アルバニア労働党史』であった。ある秘密めいた倶楽部で、買い求めた三冊の本から氏の読書指南を受けるという企画があって、私の選んだ三冊の本と、その背後にある私の興味関心の謎解きから導き出したのが、その本である。もちろん私は早速古本で買い求めた。まだ読んでいないが、この『獄中記』でもアルバニアについて触れられていて、なるほどそういうことかと思った。私はセルビアへの興味から、内戦前後の事情に興味を持ち、コソボをめぐるアルバニア系とセルビア系の争いの実態を知りたいと思い、一方でその前提となるオスマン帝国について読み始め、オスマン帝国を知るためにはビザンツ帝国ローマ帝国を知らねばならないと思っていたのだが、アルバニアという極めて特異な国家については無知であった。それが、旧共産圏の中でもとりわけ特殊な政策をとっていた国であることを知り、アルバニアの歴史について最もわかりやすく書かれた本だと佐藤氏のいうこの『アルバニア労働党史』があらためて私の関心を引いた。コソボアルバニア人は単純にムスリムだと思っていたのだが、このアルバニアという国は一切の宗教を禁止した上に、20世紀においてほとんど「鎖国」をしていた国であることを知るに及んで、興味を覚えぬ筈はない。ついでに言えば、佐藤氏の導きでヘーゲルやハーバマス、ゲルナーなども読みたくなった。そしてさらに言えば、私が「速読」を始めたのも、氏が一冊の本を90秒で読み終えてその評価をするという、一種のライブパフォーマンスを目の当たりにしたからに他ならない。