鎌倉薪能の夜

鎌倉駅より徒歩大塔ノ宮に往く。黒い幕で覆はれた鎌倉宮は普段と異なる雰囲気にて既に見物客で賑はふ。券を示して入場し、前から八列目ほぼ中央のわりと舞台に近い席に就く。五時前より各種案内の放送が入り、ミス鎌倉の紹介があつたり、今日の見所の説明などもあり待ち時間も持て余さずに好配慮也。招待客の入場があり鶴田真由在り、その落ち着いた美しさ周囲を払ふ気品あり。ミス鎌倉も可愛いく、観客の中にも若く美しき娘達の着物姿などあり華やいだ雰囲気也。今回五十二回目の開催とて、戦後に復興せし薪能として京都平安神宮、東京に次ぐ歴史也と云ふ。正副奉行の口上やら主催者挨拶、関係者の奉納、お祓ひなど続き、篝火が付けられる頃には夕闇が迫り、寒さも感じると倶に次第に期待が高まる。
やがて素謡『翁』が始まる。テクストは読んで来たものの、思ひの他聞き取れない。まあ、祝の謡といふものとして聴く。次は大蔵流狂言『空腕』にて、此方は台詞も聞き取れ其れなりに楽しむ。休憩の後観世流能『天鼓』。先日能管を初めて吹く機会があり、其の音色や運指に多少なりとも馴染んだので、本物を聴くのを楽しみにしてゐたのだが、屋外のせいか鼓にしても能管にしても思つたより音が通らず。また、ワキの台詞は聞き取れるものの、地の謡はとぎれとぎれにしか耳に入らない。ほぼ音楽として聴くより他はない。ただ、流石に能は舞台に張り詰めた空気が漂ひ、次第に謡と囃子と舞が渾然一体となつてこの世ならぬ思ひを一瞬なりとも感じられたのは幸い。元より能に詳しい訳ではないが、之を機会にもう少し色々観てみたいと思ふ。