竹と絲 

十月十三日(土)晴
紬の着物に先日谷中で買つた帯を締め八時過ぎ一人で家を出づ。十時より一如庵の、久しぶりに一階の座敷で稽古。大和樂、布袋軒鈴慕、布袋軒三谷に流し鈴慕の曙調子を二度吹いた後初めて一閑流六段を吹く。雑談の後十一時半辞して地下鐡にて人形町に向ふ。甘酒横丁鯛焼の柳や前で家人と落ち合ひ鯛焼一つ食したる後錦やに赴く。見てみたき色の一つは品切れとて遠州緞子名物製の帯数種類、米沢の産なるを見る。最初に良いと思つた青は意外と暗い色調で地味過ぎ、結局金地の入つた一番派手目のものが一番良く此れを購ふ事とす。其の間家人は先に出て玉ひでにて晝食を取る為行列に並ぶこととす。男着物は場所柄なれば舞踊・舞台關係の客多しと言へども普段着る者少なく嬉しき限りとて遠來の客をもてなす店員の対應氣持ち良く、更に玉ひで代とて値引きもしてくれ、氣分良く店を後にす。歩みて行列の家人に加はり、一時過ぎ初めて玉ひでの親子丼を食す。味つけやゝ濃い目なれど鶏肉の様々な部位使ひ樂しめる食事也。食後鳥近にて玉子焼を購ひ水天宮前まで歩き地下鐡に乘る。所用のある家人と大手町にて別れ余は半蔵門にて降り徒歩國立劇場に赴く。三時より新内の会を聴く。三味線の音色心地よく浄瑠璃も思ひの他面白し。義太夫調あり端唄風もあり、それを二挺の三味線で聞く面白さ。俄かに新内に氣持ち傾く思ひあり。六時前終演。急ぎ劇場を後にし澁谷にて家人と合流し同道して歸宅。ウヰスキー水割を数杯呑み夕食。睡氣甚く十一時前就寝。