黒谷・三条通り・飢餓海峡

十月三十一日(日)陰後雨
五時起床。昨夜の坐禅永平寺を経たせゐか坐禅そのものは辛くはなく、其れなりに工夫は出来たと思ふが、其れでも雑念は去らない。暁天坐禅は恒例通り法堂で行ひ、丁度わたしの向いた方向が東だつたため夜明けと共に明るく成り行く様が伏せた目にも明らかで、清清しい思ひであつた。其の後の粥座(朝食)も永平寺に比べれば作法は楽なので、粛々と済ませて八時半には禅堂を後にした。一泊朝食付き一千円は有難い。
花園から京都駅まで行き、コインロッカーに荷物を預けやうとするが、いつも使ふ所が一杯で已む無く地下に降りて何とか見つけ出す。観光シーズンは斯くの如しである。京都駅から地下鉄で蹴上に至り、徒歩まず無鄰庵に入る。山県有朋の旧別邸にて名園なり。有朋と有名な植冶による作庭で、こじんまりとした中に東山の借景の下やや鄙びた感じの野原の如き景が広がり、散在する松やもみじの枝ぶりが美しい。


【無鄰庵】

其の後平安神宮東脇の岡崎通りを北上し金戒光明寺に行く。此の辺りの所謂黒谷・吉田山周辺は今まで足を踏み入れた事がなく、わたしにとつて全く盲点に入つてゐた場所である。元々、浄土教系の寺院は余り好きではなく、浄土宗の知恩院に行つた時も山門から何から常軌を逸した大きさに思へ、建物庭園の造作にも洗練さを欠くやうに思はれた位で、好んで浄土系の寺院に行くことは少ない。念仏といふと田舎の婆さんの信心のやうなものを思ひ浮かべて、極楽浄土といふもの自体が嫌である。だから真宗の東西本願寺には足を踏み入れた事もない。禅寺や天台系、門跡寺院真言系、密教系、修験道や神社にはよく行くのに、浄土教特に浄土真宗の寺には興味を持てずにゐる。浄土教自体は、源信の『往生要集』を初めとして「往生記」と呼ばれる書物や神祇不拝の考へ方などに関心はあるのだが、その寺にはわたしを惹きつけるものが少ないやうだ。此の金戒光明寺も浄土宗で、鎌倉の禅寺に比べると山門の構へからして立派すぎてわたしの趣味に合はないのだが、秋の特別公開で本堂や方丈庭園も拝観できるといふので入つてみた。最近作られた「紫雲の庭」始め思ひの他見所は多く、特に法然上人涅槃図などは面白く見た。


金戒光明寺

金戒光明寺を出て歩いてすぐの処に陽成天皇陵と後一条天皇陵があり拝しに往く。後一条天皇藤原道長の娘の子、即ち孫に当る。栄華を誇つた道長の墓を探して宇治を歩き回つた事があるが、結局所在も定かでなく見つける事が出来なかつた。それに比べやはり天皇ともなれば違ふものだと思ふと感慨深いものがある。


後一条天皇陵】

其れから金戒光明寺の並びに戻つて真如堂に赴く。此の真如堂が此の日のヒツトで、良く知らずに行つたのだが、京都でもわたしの好きな寺の十指に入る名刹であつた。此処も秋の公開中で堂内及び庭も見られたのは幸ひであつた。此の寺も京都にしては訪れる人が少ないのか、案内の人から極めて丁寧な説明を聞くことが出来、こちらからも色々質問もして得る処が多かつた。


真如堂涅槃の庭】

安倍清明のセーマン印の入つた判がこの寺に残されてゐるといふ。横死しかけた清明が、信仰する不動明王閻魔大王に掛け合つて命を助けられた際に閻魔大王から此れを以て諸人を善導するやうにと授かつた印鑑である。其の印を押したものが「結定往生之秘印」として売られてゐたので購ふ。四百円也。丁度今回の出張で得意先の方と鳥羽の海女とドーマン・セーマンとの深いつながりについて話をしたばかりだつたし、先日来いつも気になつてゐる『説経節』の中の「信太妻」に出てくる清明と道満との呪術対決なども思ひ出され、此れもまたひとつの喜ばしい偶然として買ひ求めたのである。偶然はもうひとつあり、此の寺が円山派の絵画を多く蔵してをるだけでなく、また三井家とも縁が深かつたといふことだ。先日三井美術館で円山応挙の絵を見たばかりで、襖絵に円山派の雰囲気を感じたところ果たしてさうであつた。当時より三井家が円山派のパトロンであつた縁なのだらうが、なんだか懐かしいやうな不思議な感覚を覚えた。また、庭も近年の作ではあるがひとつは大文字山方面の東山の山並を借景とした、曽根三郎作庭の「涅槃の庭」といふもので、東山の山景と岩組みとで、二重に釈迦の涅槃の姿を表すものである。又今年の夏に出来たばかりの裏庭「随縁の庭」は、近代の有名な作庭家のひとり重森三玲の孫である重森千青の作で、モダンな感覚ではあるが、偶にはかういふのも悪くない。まだ紅葉には早かつたが、境内の佇まひや楓の姿形からして其の季節には溜息の出る程美しく情趣溢れる情景となることが想像できた。可能なら十一月末にでも再び訪ねたいと思はせる寺である。堂の外に藤袴の鉢植えが置かれ、其れもまたしつとりとした秋を感じさせて趣きがあり、東山の中でも取分け気に入つた界隈となる。
真如堂を出ると雨が降出してをり、傘を差して銀閣方面に下りて白川通りに出る。法然院か白沙村荘に行くつもりなるも雨の上に流石に庭にも食傷気味なれば、銀閣道近くで遅い昼食を取つた後バスで河原町三条まで戻ることにする。途中行くはずだつた百万遍知恩寺境内の古本まつり会場をバスの中より見るが、雨の中とても行く気になれず。アーケードのある河原町三条周辺の古本屋を何軒か覗いてから、三日の演奏会に坐禅衣を包んで行くための風呂敷を買はむとして寺町通りや六角通り周辺を歩くも観光土産店ばかりで良い物はなく、已む無く三条通りを烏丸通り方面に歩くと和装の店の閉店セールを開く所があり、入ると古臭くも派手でもない丁度良い柄のもの定価3,500円が1,000円になつてゐたので迷はず購入。良い買ひ物であつた。其れから京都文化博物館に入り、五時から映画「飢餓海峡」を見る。
内田吐夢監督の傑作にて三時間超の大作なるも、展開に緩みなく時間を感じさせない充実した映像である。一度見たものなれど偶々内田吐夢特集の組まれるを知り駆けつけたもの也。左幸子の東北弁が何とも愛らしい。八時半京都駅に戻り軽い夕食の後九時半前の新幹線で帰途に就く。充実せる週末を過ごし、十二時過ぎに帰宅して直ちに就寝す。

ちなみに、現在までのところでわたしが最も好む京の寺は下記の十箇所である。本山級大寺院の場合好きな塔頭を挙げると切りがないのでまとめて本山寺院のみにした。

家元好み京の寺

(大寺院篇)
大徳寺 東福寺 萬福寺 大覚寺 妙心寺 建仁寺 醍醐寺

(小刹篇)
真如堂 等持院 地蔵院