渡り廊下

大きな寺の白壁に沿つて歩いてゆくといつの間にか建物の中に入り、大学の研究室の一室のやうなところにわたしは居る。わりに広い部屋の奥に教授の机、手前に丸テーブルがあり、わたしは壁面の書棚から本を取り出して見てゐる。他に二人同行の者もゐて、暫くすると教授らしい人が現れる。竹村牧男(仏教学者)に似てゐるが専門は文学のやうだ。話をして、今後は月に一度土曜にこのメンバーでゼミを開くことで話がまとまつた。わたしは言つてみるものだと思ひながら研究室を出て、南禅寺門前の湯豆腐屋に似た店に入るが、入つた先は勤務先の本社である。わたしは会社に殆ど見知つた顔を見出せずに当惑しながら建物の中をうろうろしてゐると、誰かがお客様がお見えになりましたといふので受付に行く。受付にどの応接室かを聞くも要領を得ないでゐると営業のS氏が扉を細く開けて手招きするので其処だとわかる。近づいて中に入るときS氏は猿が暴れ回つてゐて中に入れないために扉を開けないのだといふ。見るとなるほどロビーに猿の姿があつた。
客は四人でわたしは名刺を三枚しか持つて来なかつたが、此方が全員揃ひS氏が挨拶を始めたのに内輪の無駄話を止めないチンピラめいた制作会社のスタツフのやうな人たちに名刺を出す必要はないと思ふ。其の時わたしの携帯電話が鳴つて外に出てとると、先日打ち合はせた素材メーカーの人で、皮膚の保護をする新しい素材が見つかつたといふ。此れはものになりさうだと思つていろいろ聞かうとするが電波が悪くて殆ど聞こえなくなつてしまふ。わたしは場所を変へて電波をよくしやうと歩き回るうちに渡り廊下に出る。其れは今本社ビルのある処にかつて在つた研究所の渡り廊下で、其の事に気づいたわたしは、ああまた此の仕事も上手く行かないのだなと悟つたのである。