高橋名人

マンションの一室のやうな場所で目覚めると、部屋のあちらこちらに会社の部長クラスの人たちが寝穢たなく横になつてゐる。どうやら飲み会のまま皆が寝込んでしまつたと見える。わたしは酒を飲んでゐないので平気だが、すでに八時過ぎなのに他の連中は会社に行けるかどうかも定かではない。わたしは十一時に得意先との約束があるから時間に余裕はあるのだが、それまでの間に家に戻つて着替へやうと車で家に向ふ。急な坂を下り、ヘアピンカーブの続く山道を走る。前を行くポルシエに見る間に離されてしまふが、そのポルシエが前方でスピンしてクラツシユ。その脇を通り抜けると大通りに出た。しばらく走ると浅瀬の水のきれいな湖がある。其処には特殊な葦が生えてゐて、それを材料として家具を作るのだといふ。その葦材の貯蔵所に案内され、竹や松材と一緒に太い葦が置かれてゐるのを見る。其のまま湖畔を歩いて行くと岩場に出て、其処ではアナゴが獲れるといふ。アナゴ獲りの名人といはれる麦藁帽子を被つたおじさんが出てきて、「高橋君のこと何ていふんだつけ」と聞くから「アナゴ」と答へる。高橋名人はアナゴのことを高橋君と呼ぶのである。そして、あつと言ふ間に岩の窪みからアナゴをつかみ出し、持つてみろとわたしにアナゴを差し出す。わたしはつかみ損なつてアナゴに胸の辺りを噛まれてしまふ。何とかぐつとつかみ直すと思ひの他ゼラチンのやうに柔らかい質感である。わたしは噛まれた傷から黴菌でも入つて病気にならないか心配し始めてゐた・・・。