竹・王・漆・駆

二月九日(土)晴後陰
十一時より一如庵にて尺八稽古。大和樂、布袋軒鈴慕、流し鈴慕曙調子の後初めて松巌軒鈴慕に入る。竹調を繰り返し稽古。十二時辞して昼食の後上野に向かい、徒歩東京国立博物館に入る。程なく家人も着き、倶に書聖王羲之展を観る。中に入るのに待つことはなかったものの、館内は思ったよりは混んでいた。双鉤塡墨の逸品始め大いに王羲之の書に親しむ。品格の高邁にして典雅なる趣きは比類なし。また、王羲之以外の展示も楽しむところ少なくなかった。特に今回は米芾の「行書虹縣詩巻」をすっかり気に入ってしまった。黄庭堅と並んでやはり米芾も素晴らしい。あんな字が書きたいのである。他は池大雅の蘭亭序が良かったのと、王鐸の書を見ていて佐久間象山との類似を感じて或は象山は王鐸の影響を受けているのかも知れぬと思うようになったりと、三時間ばかり書を見てあれこれ思いを馳せることに費やす。図録と中国製の文鎮、それに王羲之「行穣帖」のA4に近い写真版を購いて博物館を後にす。
上野から水道橋に移動し、東京ドームのプリズムホールで開催中のいしかわ名産展に足を運ぶ。家人の知り合いで輪島塗のしおやすという老舗の社長夫人を訪ね歓談。館内の展示をざっと見て、それから和紙二枚を買って六時前辞し、水道橋から地下鉄で品川経由京急にて黄金町に出る。七時前に着き、初音町の居酒屋和泉屋にてひれ酒を呑み腹拵えをした後八時過ぎ、大岡川を渡って若葉町の映画館ジャック&ベティに行き、八時二十分より映画『駆ける少年』を見る。1985年作でイランのアミール・ナデル監督の作品だが、日本では昨年に初公開。それを私が信頼を置く二人の映画の目利きが昨年のベスト10に入れていたのと、その映画評を読んで見る気になったもので、やはり素晴らしかった。孤児の少年が、とにかく人よりも速く走ることで力強く生きてゆく映画と言えば、何のことだかわかるまいが、ストーリーではなくとにかく映像がすべてを語ってくれる映画で、この手の映画を見たことのない家人も感動していた。映画は見始めると癖になる。もともと名画座の雰囲気が好きなのだが、行くと予告編やら劇場に置いてあるチラシなどで見たいものが増えてまた行きたくなる訳だ。今回も五十歳以上の夫婦割引があって一人千円なので、気軽に見られるから余計である。
電車の接続が悪く帰宅は十一時になってしまったが、極めて充実した一日であった。