認識の問題

八月十日(月)陰時々晴
夢そのものではないのだが、半睡の状態でうとうとと微睡(まどろ)んでゐる時などに、音が先にして後から實際の出來事が起こるやうに感じられることがある。例へば、先にドアーの開く音がして、その後にドアーが開いて人が入つて來るといつた感じである。時差があるやうにも、これから起こることを予知したやうにも感じられるのだが、要するに音として知覚してから其れが何を意味するのかを認識するまでに、寝呆けた頭で普段より時間が掛かつたといふことなのであらう。突然の事故に遭つた時なども此れに近く、最初に衝撃や音や痛みといつた感覚を感知してから、事態を理解するまでに時間が掛かり、その間がスローモーシヨンのやうに感じられるのである。
此の事を逆に考へると、普段見たり聞いたりした瞬間に事態を同時に認識し得るやうに思へる出來事は、没日常的で何の變哲もないものに過ぎないといふ事にもなるのである。子どもの時代が長く感じられるのもかうした認識へのタイムラグのせゐかも知れない。