横櫛再会

十月二日(日)陰時々晴
九時過ぎ車にて出發、一路甲府に向かふ。晝前山梨縣立美術館に到着。レストランにて晝食の後『煌めく名作たち』展を觀る。京都國立近代美術館所蔵作品を中心にした展覽會である。好みの問題もあらうが、總じて日本畫の方に優品が多かつた。洋畫の方は、先日巴里のオルセー美術館に行つたせゐでもあるまいが、各々手本となつた畫家が思ひ浮かぶので感心しないのである。勿論およそ藝術は模倣から始まると理解してゐても、若い頃は此処にある黒田清輝、淺井忠、岸田劉生安井曾太郎佐伯祐三などを好んで見に行つてゐた分だけ、日本畫の良さを知つた後になつてみると、大して良いものに見えなくなつて來るのである。其の點、今囘に限つてみても、日本畫、特に京都畫壇の作家たちの作品には素晴らしいものが多い。栖鳳や菊池芳文石崎光瑤など息をのむ美しさである。しかし、何と言つても甲斐庄楠音の『横櫛』が圧巻である。實は、此の繪が出展されてゐることを知らずに行つたのだが、數年前の京都以來の再會はまた新たな發見があり、堪能することが出來た。目下余が手掛けてゐる百年史の會社の創業者の妻がモデルとされる名作であり、彼女の出自や生涯の調査が最近手をつけられずに遅れてゐることを、婀娜めいて責められてゐるやうな氣にもなつて、思はず襟を正したことであつた。
其の後買物などして四時半過ぎ歸路に就くが、相變はらずの中央高速の澁滞に巻き込まれ、途中食事はしたものの歸宅九時半。これだから山梨長野方面には行きたくなくなるのである。