洗脳者

二月五日(月)
一番好きなОという女の子と食事をしている。何度も楽しく食事をともにしてきたし、そろそろデートに誘おうと思うのだが、その都度何となくはぐらかされて来た。一度何かのはずみでその話になり、次第に彼女をマインド・コントロールしている人間がいることがわかって来た。そして、本当は彼女もその洗脳から逃れたいと思っていることもわたしにはわかった。彼女が「何度も嫌な思いをさせているのに、どうして嫌な顔ひとつしないの?」と聞くので、わたしは笑いながら「大きい(歳とっている)からね」と答える。彼女は小柄な上にわたしとの歳の差が三十以上ある。だから娘のように可愛がっていて、実際自分の気持ちが恋愛感情なのか父性愛なのか自分にも定かではない。喋っているうちに相手は六十歳は過ぎたと思われる、髭を生やした太った白人のアメリカ人になっている。わたしはこれが洗脳者だと即座に理解し、湖に浮かぶ小船の上で対決することにした。わたしが「彼女はとても可愛い」と言うと、向こうももちろんとても可愛いという。わたしはマインド・コントロールだけでなく彼女を情婦にしているのではないかと疑いはじめ、激しい嫉妬を覚える。わたしは男に、彼女を支配している理由を尋ねる。すると、彼女は富士フィルムの膜を通して異界の人々から見守られているが、コダックやサクラならともかく、お前はアグファだから言語道断なのだと言う。わたしは、自分の彼女への愛が父親のそれであることをこの男は気づいていないから、そこがつけ入る隙だと思いはじめる。そして、わたしが今度こそデートに誘うと宣言すると、電話をしようとすればそれを察知して先に彼女に警告するから無駄だと言い返す。それまで日本語で話していたが、わたしの言った一言を聞き間違えたのでわたしは訂正するつもりでget to knowと言い、それから会話が英語になる。次第にわたしはとにかくこの男の支配から彼女を開放してやりたいと思うようになる。そして目の前の彼女にそのことを告げるが、彼女は寂し気な笑顔を見せるのみである。わたしは彼女の肩に手を置くが、それが彼女のからだに触れた初めてのことであることに気づき、はてこれからどうすればいいのか途方に暮れ始めていた。