年表の愉しみ

 年表を作っている。社史の巻末につけるものなのだが、やってみるとこれがなかなか面白い。何を取って何を捨てるかが自分の判断にかかる訳だから、まさに歴史をみずから作り出している感覚がある。別に捏造しようとしているわけではないのだが、限られたスペースなので載せる項目を取捨選択せねばならず、必然的に自分の価値観や歴史観を反映したものになるのである。

 社内で起こったことについては、重要度の判定はすでに数人の意見をもとにしてあるので、さほど個人の意見は入らないが、むしろ一般社会の出来事や業界の事項などは独断に近いものになる。まずは編集会社からごく一般的な事柄が送られて来たのだが、わたしが他の年表などを見くらべて、どしどし削って新しい項目を入れていく。送られて来たのも、恐らく誰かの選んだものであり、そこにはおのずから傾向があって、それがわたしの興味を引かないものばかりなので削るものばかりになる。

 たとえば、何故か宇宙関係の記載が多く、どこのロケットが発射されたとか、誰が初めてどうしたとかが多い。わたしはアポロが月に行ったのと、スペースシャトルが爆発したのを除いてすべて削除した。それと、地震や火山の噴火の記載も多くて、これも本当に大きなものを除けば全部削った。

 その分社史の本文を理解する助けとなるよう、為替の変動やそれをもたらした事件(プラザ合意など)、貿易自由化の諸段階を追加した。食品衛生法や消防法などの改正や改訂など、業界と関わりのある行政・法令関係をたくさん入れ、時代を画した食品や飲料、洗剤などが登場した月を明示する。さらに、本文で触れた業界の動きをよりよく理解してもらうために、その前後の出来事も詳しく書き込む。

 たとえば、バイオ技術で天然香料を作る会社を買収したと本文にある場合、その前後に競合他社が同様にバイオ関連企業をたくさん買収していることを示し、それが少しも画期的な出来事ではなく、時期も買収した会社の数も他社に数段劣っていることを知って貰うという寸法である。さすがに本文ではそう書けないから、年表を見ることで自分の会社の立ち位置をよく認識して貰いたいという親心である。と同時に、業界全体がどういう方向にむかっているかが見えてくるのである。

 年表だけ見ていても分からないことが、本文と合せることで立体的に見えてくる。逆に本文で述べていないことが、年表によって逆照射のように明らかになる…。歴史叙述と年表が響き合うことこそ、年史編集者の究極の狙いであろう。